あなたの知らないアイスクリームの歴史|高級品から大衆の味へ

冷たく甘く、私たちを幸せな気持ちにさせてくれるアイスクリーム。今では誰もが気軽に楽しめる身近な存在ですが、その起源は、王侯貴族だけが口にできた贅沢な氷菓にあります。アメリカで大衆化されるまで、アイスクリームは一部の富裕層のための高級品でした。
高価な氷菓が、誰もが楽しめるアイスクリームへと変わるまでには、何世紀にもわたる壮大な物語が秘められています。その歴史は、アイスクリームが単なるデザートではなく、人類の知恵と創造性の結晶であることを物語っています。
この記事では、権力の象徴であった氷菓が、いかにして今日私たちが知るアイスクリームへと変わったのか、その知られざる歴史を紹介します。
1.クリーム以前の氷菓
冷たい飲み物は権力の象徴
牛乳やクリームを使った現代のアイスクリームが誕生する以前は、長く続いた氷菓の時代がありました。
始まりは古代ギリシャ・ローマ時代にさかのぼります。当時のローマ皇帝は、雪や氷をワインや蜂蜜で味付けした飲み物を好んで飲んでいました。冷蔵技術のなかった当時、山から雪や氷を運び氷室に貯蔵していました。天然の氷や雪を手に入れることは、自然を制するほどの権力を持つことの証だったのです。
東方からもたらされた知恵
中世では、アラブ人、トルコ人、ペルシャ人も、雪や氷を入れた果汁などの冷たい飲み物を飲んでいました。この飲み物は、アラビア語で「シャルバート」と呼ばれていましたが、これが後の「シャーベット」の語源になったとされています。
この「シャルバート」が、中東を訪れた旅行者によってヨーロッパへ伝わると、たちまち上流階級の間に広がっていったのです。17世紀半ばには、氷雪にイチゴやレモンなどで風味を付けた「ソルベット」という氷菓子へと発展しました。
乳製品を使ったアイスクリーム
乳製品を使った氷菓の最初のレシピを考えたのは、イタリアの料理人アントニオ・ラティーニです。彼の1694年の著書にある「ミルクのソルベ」は、当時贅沢品だった氷菓と庶民の飲み物だった牛乳を結びつけた点で画期的であり、近代アイスクリームの原点の一つとされています。
フランスのカフェ文化
アイスクリームが世界に広まる上で、フランスのカフェ文化は大きな役割を果たしました。世界初のカフェは、文化人や政治家が集い、アイスクリームやコーヒーを片手に談笑する社交場で、後世アメリカにおけるアイスクリームパーラーの原型となります。
一方でフランスの菓子職人たちは、様々なアイスクリームの開発に情熱を注ぎます。風味を損なわないよう砂糖やフレーバーの比率を調整したり、滑らかな食感を生むために凍らせながら撹拌したりと、次々と新しい技術を編み出していきました。
アイスクリームの冷却技術
長い間、氷は高価ですぐに溶けてしまう贅沢品でした。飲み物を冷やすだけなら氷を集めて貯蔵しておけば良いのですが、氷を使って食べ物を凍らせるには工夫が必要。そこで活用されたのが吸熱効果です。
吸熱効果とは、化学反応や溶解などの物理変化が起きる際に周囲の熱を奪う現象のことです。この吸熱効果をアイスクリームの冷却に活用したのです。
「氷に塩を加えると、塩が溶解する際に吸熱反応が起き温度が下がり、それが甘い味をつけたクリームに伝わることで凍る」という吸熱効果を利用したアイスクリームの冷却技術が、主にヨーロッパ、とくにイタリアで確立されました。
やがてアイスクリームはイギリスに伝わり、貴族たちの間に広まっていきました。
2. ヨーロッパからアメリカへ。大衆化の幕開け
18世紀になっても、ヨーロッパはアイスクリームの中心地でした。イタリアでは、多くのレシピが作られた一方、フランスは、アイスクリーム流行の発信地としての役割を担っていました。
またイギリスでは中産階級にアイスクリームを広めようと、様々なレシピ集が出版されました。
そんな中、アメリカではヨーロッパから移住した菓子職人たちが次々と店を開き、アイスクリームの販売・製造が盛んになりました。
アイスクリームが特別なごちそうであることに変わりはなかったものの、19世紀にはアメリカの大衆食堂でも提供されるようになっていきます。その後、辺境の開拓地にまで伝わると、いよいよ大量生産時代の幕が開きました。
3. アメリカのアイスクリーム革命
アメリカでは、アイスクリームを撹拌する時間を大幅に短縮する機械が開発され、これが大量生産のきっかけとなり、高価な贅沢品から手頃な価格の大衆向けへと姿を変えていきます。
一方、イタリアとフランスでは、依然としてアイスクリーム職人たちが小規模に販売を続けていました。アメリカは、ヨーロッパのような洗練されたアイスクリーム作りが得意ではなかったものの、起業家精神により、技術の進歩や商品開発、市場の開拓を行い、ビジネスを拡大していきました。
安価な大量生産が可能になった後、アイスクリームを社会に浸透させるための施策が必要でした。
その解決策となったのが、ソーダ水とアイスクリームを製造・販売する「ソーダファウンテン」や「アイスクリームパーラー」の登場です。これらの店は、急速にアメリカ全土へと広がっていきました。
中でも、ソーダ水にアイスクリームを入れ、チョコレートやストロベリーなどのフレーバーで味付けをした「アイスクリームソーダ」は、熱狂的な人気を博しました。
さらに、デザート文化を一新した革命的存在「アイスクリームサンデー」が登場し、定番メニューに加わりました。「アイスクリームサンデー」の多くは、アイスクリームにソースとトッピング、ホイップクリームを飾り、チェリーをのせたものでした。
4. 持ち歩きできるアイスクリームの誕生
コーンアイスクリームの普及
「コーンアイスクリーム」の発明者は複数の説があり特定されていませんが、1904年セントルイスで開催された万国博覧会がきっかけとなって、現在のような「コーンアイスクリーム」が普及したとされています。
コーンの登場は、販売者には食器管理のコスト削減を、消費者にはこの上ない利便性をもたらしました。アイスクリームは店内で楽しむデザートから、片手で味わえるストリートフードへと変貌し、市場を爆発的に拡大させたのです。
コーンの普及と並行して、世界初のアイスクリーム自動包装機械や、アイスクリームを保管する機械式冷凍庫も発明されました。さらに均質化と低温殺菌の技術も進歩したことで、持ち歩けるアイスクリームの大量生産が進んでいきました。
アイスクリームバー
もうひとつ、スプーンを使わずに食べられる画期的なアイスクリームが発明されました。それが、棒付きのアイスをミルクチョコレートでコーティングした「エスキモーパイ」です。当時アイスクリームバーとも呼ばれたこの商品は、瞬く間に一大ブームを巻き起こしました。
5. 戦後の変化|多様化するアイスクリーム
戦後、アメリカではアイスクリームの販売方法が大きく変わっていきます。
1950年代、ソーダファウンテンやアイスクリームパーラーは徐々に減っていきました。その受け皿となったのが、「アイスクリームスタンド」です。自動車の普及がきっかけとなり、道路沿いにアイスクリームスタンドが急増しました。
この頃、新たな商品が市場に参入。それが「ソフトクリーム(ソフトアイスクリーム)」です。アメリカではソフトクリームの需要が激増し、主流だった硬い包装タイプのアイスクリームの販売に影響を与えたほどです。ソフトクリームは、なめらかな食感、その場で作る新鮮さ、コーンで手軽に提供できることが、人々に新しいデザート体験をもたらしました。
ブランド戦略|洗練された味とフレーバー
大量生産が一般化すると、人々の関心は生産技術からブランドやフレーバーの多様性へと移っていきました。その先駆けが、アイスクリームチェーンサーティワンの掲げた「31種類のフレーバー」でした。これは「1カ月31日間、毎日違ったおいしさを楽しんでいただきたい」という思いから生まれたものです。
その後も、アイスクリームの革命児と呼ばれる起業家が次々に現れます。ヨーロッパの職人が作るような、優雅で洗練されたアイスクリームが開発されると、たちまち人気となりました。
また、少し贅沢な雰囲気が漂う大人向けのアイスクリームを高く売るという戦略を立てた起業家も出現しました。それが「ハーゲンダッツ」です。ニッチな市場を狙った「ハーゲンダッツ」は、その後、全米のスーパーマーケットで販売され、1980年代には日本にも進出して私たちが楽しめるようになりました。今でも、少し贅沢するときは「ハーゲンダッツ」を選ぶ人は多いのではないでしょうか。
6. ヨーロッパの伝統
一方、ヨーロッパでは、職人が作るアイスクリームに根強い需要があります。ヨーロッパは世界最大のアイスクリーム市場であり、アメリカとは異なる形で進化してきました。
イギリスでは多国籍な企業が進出していますが、小規模な製造者も年々増加し、伝統を重んじる定番商品が人気を集めました。
イタリアは「ジェラート」でその名を確立。従来のアイスクリームより乳脂肪分が控えめながら、素材の風味が活きた濃厚で芳醇な味わいが特徴です。
ヨーロッパで発展したアイスクリームは、アメリカに渡ると全く異なる運命をたどりました。
伝統を重んじながらも職人たちの創造力と技術で進化してきたヨーロッパと、起業家精神でどんどんビジネスとして拡大していったアメリカ。この対照的な発展経路が、アイスクリームを世界的なデザートへと押し上げる転換点となったと言えるでしょう。
7. 日本での普及
日本におけるアイスクリームの歴史を見てみましょう。
日本にアイスクリームが伝わるきっかけは、江戸末期のこと。アメリカを訪問した日本の使節団が、現地で振る舞われた氷菓子のおいしさに驚嘆したことに端を発します。
日本で最初にアイスクリームが作られたのは、横浜でした。「あいすくりん」として日本で初めて製造・販売されましたが、庶民には手の届かない大変高価なものでした。
本格的に普及したのは戦後、家庭用冷蔵庫の登場がきっかけです。その後は、抹茶や小豆といった和の素材を活かしたフレーバーや、餅でアイスを包んだ商品、あんこを組み合わせたモナカアイスなど、日本独自の食文化と融合した進化を遂げました。欧米とはまた違った形で、アイスクリームは日本の生活に深く根付いていったのです。
あなたの知らないアイスクリームの歴史|高級品から大衆の味へ:まとめ
普段何気なく口にしているアイスクリームに、これほど壮大な歴史が秘められていることに驚かれたのではないでしょうか。王侯貴族の贅沢品だった氷菓が、ヨーロッパの職人技とアメリカの起業家精神によって、誰もが楽しめるデザートへと進化。そして日本では、抹茶や小豆といった素材と融合し、独自の食文化として新たな魅力を開花させました。
次にアイスクリームを味わうときは、何世紀にもわたる人々の知恵と情熱の物語を感じてみてください。いつものアイスが、きっとより一層味わい深い、特別なものになるはずです。
その日本独自の進化を、ご家庭で体験してみませんか。まさに和の素材を活かした「黒ごまアイスクリーム」のレシピを紹介しています。歴史の豊かな味わいと共に、ぜひお楽しみください。
参考文献:ローラ・B・ワイス著『アイスクリームの歴史物語』
出典:日本アイスクリーム協会 日本アイスクリーム史(https://www.icecream.or.jp/assets/iceworld/data/pdf/history.pdf)
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