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香ばしい炒め野菜がポイント!あっさり&コク旨「白ごま牛乳ラーメン」

濃厚なラーメンは美味しいけど、ちょっと重たい…。そんな時におすすめの、「あっさり」と「コク」を両立した「白ごま牛乳ラーメン」を紹介します。
牛乳と中華だしを使ったやさしい味わいがベース。そこに白ねりごま、にんにく、しょうゆを加えることで、満足感のあるスープに仕上げました。使う野菜は、キャベツやもやし、人参など、冷蔵庫にあるものでOK。香ばしく炒めた野菜の食感と、ごまの豊かな風味を楽しめる「白ごま牛乳ラーメン」をぜひお試しください。

白ごま牛乳ラーメン

白ごま牛乳ラーメン レシピ

【材料(1人分)】

  • 豚バラ薄切り肉 50g
  • キャベツ 40g
  • 人参 20g
  • 玉ねぎ 1/8個
  • もやし 50g(別茹で)
  • 中華麺 1玉
  • 塩 少々(野菜炒め用)

スープ

  • 牛乳 250ml
  • 水 150ml
  • 中華だし(顆粒) 小さじ2
  • ねりごま白 大さじ1
  • しょうゆ 小さじ1
  • おろしにんにく 小さじ1/2

トッピング

  • 紅生姜(お好みで) 適宜
  • すりごま白 適宜
  • ブラックペッパー 適宜

【作り方】

  1. 豚肉は食べやすい大きさに切り、人参は短冊切り、キャベツは一口大、玉ねぎは薄切りにします。
  2. フライパンに油をひき、中火〜やや強火で豚肉を焼いて、軽く塩をふります。焼き色が付いたら人参、玉ねぎの順に加えて炒め、最後にキャベツを入れて手早く火を通し、全体が香ばしくなったら取り出します。
  3. 麺を茹でるための湯を沸かします。まず、もやしを1分ほど茹でてザルにあげておきます。同じ湯で麺を袋の表示通りに茹で始めます。
  4. 麺を茹でている間に、別の鍋でスープを作ります。分量の水を入れて沸騰させ、調味料(中華だし・しょうゆ・にんにく・ねりごま)を溶かします。最後に牛乳を加え、沸騰直前で火を止めます。
  5. 器にスープを注ぎ、しっかり湯切りをした麺を入れます。その上に、2で炒めた野菜と3で茹でたもやしを盛り付けます。
  6. 白すりごま、ブラックペッパーを振り、お好みで紅生姜を添えます。

【ポイント】

  • もやしを一緒に炒めると、水分が出て野菜が水っぽくなるため別茹でします。麺を茹でる湯を賢く使えば、手間なく炒め野菜の香ばしさを損なわずにシャキッと仕上がります。
  • 牛乳を加えたあと、沸騰させると分離したり膜が張ったりして口当たりが悪くなりますので、注意してください。

中華から「日本の伝統」へ。愛され続けるラーメンの歴史物語

ラーメンの歴史

今や日本だけでなく、世界中で「Ramen」として愛されているラーメン。そのルーツが中国にあることはよく知られていますが、実は長い時間をかけて、「中国の麺料理」から「日本独自の料理」へと大きく姿を変えてきたのをご存知でしょうか?
特に1990年代以降、ラーメンの持つイメージは、かつての「中華風」から「日本の伝統」を感じさせるものへと変化しています。今回は、私たちの食卓に欠かせないラーメンが歩んできた、興味深い歴史の変遷を紹介します。

1. ラーメンの誕生と、当初のシンプルな姿(明治〜大正)

歴史の幕開けは、明治維新後の文明開化の頃。横浜や神戸などに渡ってきた中国の方々が伝えた麺料理が始まりです。
当時、日本人はこれを「南京そば」と呼びました。最初の頃は具材もなく、現在の塩ラーメンに近いシンプルなもの。主な食べ手も在留中国人で、イメージはまさに「中華」そのものでした。

1910年、浅草に「来々軒」が開業したことは、ラーメン史における大きな転機の一つとされています。ここで醤油ダレを使い、メンマを乗せた支那そば(※当時の呼称)が誕生しました。これが今の東京醤油ラーメンの原型です。早く提供され、ボリュームがあり栄養価も高いこの料理は大人気になりました。

2. 「中華らしさ」で個性を出した時代(関東大震災後)

関東大震災以降、東京では飲食店が増え、洋食屋や喫茶店などとの競争が激化。そこで他のお店と区別するために取り入れられたのが、一目で分かる「中華」の演出でした。
どんぶりには、権威の象徴である「龍」や、おめでたい「囍(双喜)」の文字、そして雷をかたどった渦巻き模様(雷文)が登場。赤い暖簾(のれん)に雷文をあしらうスタイルもこの頃広まったものです。
具材もチャーシューや海苔、なるとなどが乗るようになり、中華のイメージを保ちつつも、日本料理の要素が少しずつ重なり合っていきました。

中華どんぶり

3. 戦後の「中華そば」と大衆化

戦後、食糧事情が悪い中でアメリカからの小麦粉の援助があり、安くて美味しい中華麺は貴重な存在となりました。「支那」という呼び名が自粛され「中華そば」と呼ばれるようになったのもこの時期です。
チャルメラを鳴らす屋台は、昭和30年代まで馴染みの風景でした。その後、作り手も日本人店主が増え、もはや外国の料理という感覚は薄まり、日本の大衆食として定着していきました。

4. インスタントラーメンが作った「日本の味」

「ラーメン」という呼び名を全国区にした立役者は、なんといっても1958年発売の「チキンラーメン」。お店でしか食べられなかった味が、家庭で手軽に楽しめるようになったのです。
醤油、味噌、塩といった日本人に馴染み深い味が定着し、パッケージも親しみやすいキャラクターへ。続く「カップヌードル」の登場により、ラーメンは「日本の創意工夫の結晶」としての地位を確立します。 80年代には高級感を出すためにあえて中華風を装った商品も出ましたが、基本的には日本を代表する食品としてのイメージが強固なものとなりました。

インスタントラーメン

5. 1990年代以降の「和」への回帰

1990年代に入ると、ラーメンは単なる食事から、楽しみや娯楽の対象へと進化。様々な名店が登場し、個性豊かな味がブームを巻き起こします。
この流れの中で、ラーメンは従来の中国風イメージから距離を取り、和風イメージを強調するスタイルが定着していきました。店員さんが作務衣(さむえ)を着て、頭にタオルを巻くスタイル。お店の内装も、赤ではなく黒や紺などの落ち着いた和風の色合いになり、メニューや看板には力強い筆文字が躍るようになったのです。
これは、ラーメンを作る人が単なる調理人ではなく、「職人」として見られるようになったことの表れでもあります。また、新横浜ラーメン博物館のように、昭和の街並みを再現し、ラーメンを懐かしい日本の歴史として捉える動きも広まりました。

ラーメン職人

愛され続けるラーメンの意外な歴史物語:まとめ

昔ながらの中華そばから、今の洗練された一杯へ。装いは変わりましたが、「美味しいものを届けたい」という作り手の根底にある気持ちは変わりません。
その情熱は今、麺の主役である国産小麦へと向けられています。美味しさはもちろん、日本の農業や食の未来までをも考えた、新しい挑戦です。

参照記事:知って、選んで、おいしく食べる。国産小麦が支える食の未来

異国の文化を受け入れ、自分たちの味として育て上げる。ラーメンの進化は、日本人の食への探究心の表れです。 こうした歴史や物語を知ることで、いつものラーメンが、もっと美味しく感じられるのではないでしょうか。


出典 
農林水産省:日本のラーメン文化(https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2412/spe1_01.html#main_content)
科学技術振興機構:変化するラーメン像-ラーメンにおける「中華」と「和」のイメージの変遷(https://www.jstage.jst.go.jp/article/gscs/15/1/15_12/_pdf?utm_source=chatgpt.com)
を加工して作成

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この記事を書いた人

真誠 編集部

真誠 編集部

はじめまして!真誠のブログ編集部です! ごまにまつわるノウハウやオススメの活用法、レシピなどを記事にして紹介していきますので、ぜひ参考にしてみてください!

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