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スイーツみたいな【カップ寿司】ごまの風味と食感がアクセント!

桃の節句や春のお祝いに、食卓に花が咲いたようなカップ寿司はいかがですか?錦糸卵の黄色、アボカドの緑、そしていくらのオレンジ色など、春色カラーを層にして重ねれば、見ているだけで心が弾みます。子どもたちにも喜ばれること間違いなしのカップ寿司レシピを紹介します。

カップ寿司

スイーツみたいな【カップ寿司】レシピ

【材料】酢飯  1合分(約330g)

  • A 米 1合
  • A 酢 大さじ1
  • A 砂糖 大さじ1
  • A 塩 小さじ1/2
  • A いりごま白 大さじ2

トッピング

  • 卵(錦糸卵用) 1個
  • アボカド 1/2個
  • 刺身(甘エビ・いくら・サーモン・まぐろ・いかなど) 適量
  • かいわれ大根 適量

(お好みで)わさび醤油 適量

【作り方】

  1. Aの酢、砂糖、塩を混ぜ合わせておきます。
  2. 酢飯用のご飯を、いつもより水加減を少なめに炊きます。
  3. 炊きたてのご飯と1.の寿司酢を混ぜて酢飯を作ります。粗熱がとれたら、乾燥を防​ぐ​ために濡れふきんを被せておきます。
  4. 卵を割りほぐし、サラダ油を熱したフライパンで薄焼きにし、細切りにして錦糸卵を作ります。
  5. アボカドは半分に切って薄切りに、刺身は約1cm角程度に切ります。
  6. 透明なカップに酢飯を入れ、ごまをかけて、さらに酢飯を重ね入れます。
  7. 6の上に錦糸卵を敷き詰めたら、刺身を飾り、彩りにかいわれ大根をトッピングします。お好みで、わさび醤油でお召し上がりください。

刺身は、多くの種類をパックにした商品も売られていますので、カップ毎に具材を変えたり、トマトなどを使いサラダ風にすれば、カラフルで華やかな食卓になります。デザートのようにスプーンで食べれるカップ寿司は、ホームパーティーにぴったり。ぜひお試しください。

「刺身」はいつから身近になった?わさび醤油スタイルが確立するまで

刺身

刺身は、新鮮な魚介類を生のまま食べることで、素材本来の旨味や季節の「旬」を味わう、日本を象徴する食文化です。かつては特別な日のご馳走でしたが、現在はスーパーなどで手軽に手に入り、日常の食卓に欠かせない身近な存在ともなりました。
刺身といえばわさび醤油ですが、この食べ方が定着したのは、長い歴史の中でごく最近のことでした。

わさび醤油以前の「刺身」スタイル

歴史を遡ると、室町時代の記録には、すでに「指身(さしみ)鯉」という記述が登場し、わさびやイリ酒(鰹節や梅干しを加えて煮詰めた調味料)が添えられていたことが分かっています。しかし、江戸時代初期から中期にかけては、醤油はまだ一般的ではありませんでした。
では、当時の人々は何をつけて食べていたのでしょうか? 江戸時代初期に刊行された「料理物語」という料理書を見ると、当時の薬味や調味料の多様さが分かります。

イリ酒(いりざけ)・生姜酢(しょうがず)・辛子酢(からしず)• わさび酢• 酢味噌

このように、当時は醤油そのものよりも、酢やイリ酒を用いた味付けが主流でした。現在のような「わさび醤油」の形式が登場し、刺身におけるわさびの使用割合が増えていくのは、江戸時代も後期になってからのことです。

江戸時代の魚格付けランキング

江戸時代の人々は、魚をその味や希少性によって厳格にランク付けしていました。
【高級魚】
当時のトップスターは、なんといっても「鯛(タイ)」です。 「本朝食鑑」という江戸時代の書籍には「鯛は我が国の魚の長である」と記されており、味の良さと赤い見た目の縁起の良さから、別格の扱いを受けていました。その他、カレイ、ヒラメ、スズキなどの白身魚、そしてアワビなどが高級魚とされています。

【庶民の魚】
一方で、現代では高級魚として扱われる「マグロ」は、当時は庶民の魚とされていました。 その理由は「鮮度」です。冷凍技術がなかった当時、赤身の魚は傷みやすく、味が落ちやすかったためです。特に脂の乗った「トロ」の部分は好まれず、江戸の鮨においても、赤身を醤油漬けにして保存性を高めて食べるのが一般的でした。
その他、イワシ、サバ、サンマなども庶民の魚とされ、フグに至っては毒の処理技術が未熟だったため、命に関わる危険な魚として扱われていました。

醤油の普及と「江戸前」文化

刺身が庶民に広まる上で欠かせなかったのが、良質な「醤油」の普及です。 江戸時代中期以降、関東での醤油造りが盛んになりました。
特に現在の千葉県にあたる地域である、野田や銚子といった地域で生産された濃口醤油は、江戸川や利根川の水運を利用して江戸に運ばれました。ここで作られる濃口醤油は魚の生臭さを消す効果が高く、刺身との相性が抜群でした。
江戸時代後期頃には、江戸で醤油が一般化し、刺身に「わさび醤油」を添えるスタイルが定着し始めます。この頃に誕生した「握り鮨」も、当初からわさびを挟む工夫がなされ、江戸のファストフードとして人気を博しました。

わさび

東の「江戸前」、西の「いけす」

刺身文化は、地域によっても大きな違いがあります。
【江戸(関東)】
江戸では、江戸城の前の海(東京湾)で獲れた新鮮な魚を「江戸前」と呼び、珍重しました。ウナギ、アジ、コハダ、白魚などが「江戸前」の代表格です。江戸っ子は「初物」を好み、多少無理をしてでも旬の魚を求める気質がありました。
【京・大坂(関西)】
一方、海から遠い京都では、川魚文化が発達しました。淀川や琵琶湖の鯉(コイ)、鮒(フナ)などが好まれ、特に「淀鯉」はブランド魚として扱われていました。 また、関西では「鱧(ハモ)」が珍重されました。ハモは生命力が強く、生きたまま内陸部まで運ぶことができたからです。

さらに、関西の料理屋では「いけす(生洲)」が発達しました。川の水を引き込んだ生洲で魚を飼い、客の注文に応じてその場で調理して刺身や膾(なます)にするスタイルは、鮮度を保つための知恵でした。江戸が「獲れたて」を重視したのに対し、関西は「活かして運ぶ」技術を発展させたのです。

新鮮な魚を食べる工夫としてのいけす(江戸時代に刊行された「摂津名所図会」より)
いけす

明治の鉄道網と「刺身」の全国展開

現代のように、 日本全国どこでも新鮮な刺身が食べられるようになったのは、明治時代以降の「流通革命」 のおかげです。
明治中期、鉄道網が整備されると、食文化の伝播速度は劇的に向上しました。 特に大きかったのが「わさび」の流通です。それまでわさびは生産地が限られており、入手が難しい食材でしたが、中央線や篠ノ井線などの開通により、長野や静岡などの産地から東京や名古屋へ大量に出荷されるようになりました。

また、 明治30年頃には製氷会社が設立され、氷による冷蔵輸送が可能 になります。これにより、生魚を食べたことのない内陸部や山間部の人々にも、鮮魚が届くようになりました。 かつては限られた地域の特権だった刺身は、鉄道と氷、そしてわさびの流通拡大によって、 明治中期以降に「刺身+わさび醤油」という国民的な食文化として完成 したのです。

刺身

「刺身」はいつから身近になった?わさび醤油スタイルが確立するまで:まとめ

普段何気なく口にしている刺身ですが、そこには「保存技術との戦い」「調味料の進化」「流通網の発達」という、先人たちの知恵と努力が詰まっています。マグロが不人気な魚とされていた時代や、梅干しで魚を食べていた時代を思うと、手軽に美味しい刺身を味わえる今の環境は、実はとても贅沢なことなのだと改めて感じさせられます。

今回ご紹介したカップ寿司は、初節句などの人生儀礼の食卓にも、ぴったりのメニューです。子供たちに「新鮮なお刺身がいつでも食べられるのって、実はすごいことなんだよ」と刺身の歴史を伝えてみてください。そんな話をしながらみんなで味わうお寿司は、食卓をより楽しくしてくれるでしょう。

参考記事:知っておきたい「人生儀礼」 誕生から成人までのお祝いと行事食の由来」


出典
農林水産省「うちの郷土料理(千葉県)」 (https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/area_stories/chiba.html)
国立国会図書館「本の万華鏡 第30回 江戸の食文化」 (https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/30/3.html)
国立国会図書館 レファレンス協同データベース (https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000240090&page=ref_view)
を加工して作成

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